【徹底解説】工藤會に何が起きたのか? 絶対的存在・野村元総裁を引退させた「組織の決断」

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日本全国の至るところに傘下組織を持つ日本最大の六代目山口組。それだけの勢力を誇っていれば、山口組に対する警察当局の取り締まりは厳しいものとなるのは、必然と言えるだろう。
しかしそんな中でも、住吉会・二次団体「幸平一家」のように当局に特別捜査本部が設けられ、捜査対象を強化されるケースがある。
その点でいえば、工藤會に対する福岡県警の取り締まりも、壊滅作戦へと展開したほど過去に類を見ないものだったと言えるのではないだろうか。その証拠に、指定暴力団のトップが一審で死刑判決(二審で無期懲役・現在、最高裁へ上告中)を言い渡されるなど、初めてのケースであった。
工藤會が世間にもたらした凶悪性は凄まじく、アンダーグラウンド界隈では「オレらは工藤會やぞ!」と、工藤會の組員でない者が、脅し文句として工藤會の名前を騙るまでになってしまっていた。
過去にある関係者はこのように漏らしたことがある。
「どこの都道府県でも山口組の代紋に対しては、他の組織よりも警察の取り調べが厳しいのだが、福岡県だけは、少しちがった。久留米市には、全国で初めて特定抗争指定暴力団に指定された道仁会(現在は指定解除)という武闘派組織が存在し、北九州市小倉には、特定危険指定暴力団に指定された工藤會が存在している。特定危険指定暴力団に指定されているのは、後にも先にも工藤會のみ。必然的に日本最大勢力の山口組よりも、福岡県では道仁会や工藤會に対する取り締まりの方が厳しいと言われたことがあった。それほど福岡県という地域は、地域密着型の影響もあり、他組織の進出を認めない独自の文化が根づいていると言えるのではないか」
そのもっともな具体例として挙げられるのが、北九州市小倉を拠点にする工藤會と言えるだろう。工藤會が凶悪化していく背景には、敵対する他組織が存在しなかった点もあったと言えるのではないだろうか。
工藤會は内部抗争による歴史を色濃く持っている組織と言えるだろう。常に内部での抗争を繰り広げながらも組織力を高めていき、他団体を寄せ付けないほどに発展していった。それが結果として、一般市民を巻き込む事態にまで影響を及ぼしてしまうのであった。