【追悼】後藤忠政・元後藤組組長が逝去―知られざる山口組から除籍後の動向と分裂騒動の裏舞台
数年前、民族派活動家・野村秋介氏の追悼集会に出席した際の後藤忠政元組長
映画界の巨匠、伊丹十三(故人)が1992年に襲撃される事件が起きた。その理由は、伊丹が監督を務めた映画『ミンボーの女』にあった。
同映画が公開される2カ月前にヤクザを取り締まる法律、暴力団対策法(通称・暴対法)が施行されており、民事介入暴力をテーマにした同作は、ことのほかヤクザを悪として描ききり、時期的にも大ヒットを記録した。立場や生き方が異なれば、考え方ももちろん異なる。それをエンターテイメントとして面白く思える観客もいれば、必要以上にヤクザを悪として描くストーリーに、不快な思いを抱いた者もいただろう。
ましてや時節柄、ヤクザに対する法律が施行されたばかりで、同作品が世間から注目されればされるだけ、暴力団排除の社会的機運が高まっていった。
それを案じたある映画監督が、「彼はやくざの世界を知らなすぎる。世の中にはきちんと筋を通さない限り絶対に触れることができない闇の部分があるんだ」と危惧していたほどだ。結果、その危惧は的中し、伊丹が襲撃されたのだった。襲撃したのは、五代目山口組・後藤組(当時)の幹部組員らであった。
そして実行犯として逮捕されたひとりは、ヤクザ史上最大の抗争事件と言われる山口組vs一和会(山一抗争)で、一和会会長宅にダンプカーで突っ込んだ人物だった。いわば、後藤組の暗部を担う武闘派幹部が、伊丹十三襲撃事件でも実行犯として動いていたのだ。
組織のために長い懲役に行くことも顧みず、武力行使することができる組員がいる組織は強いと言われている。
例えば、現在・勾留中の絆會・金澤成樹若頭や去年10月に逮捕された神戸山口組系幹部・勢昇幹部のような組員は、ヤクザ業界においても伝説のヒットマンと評されている。
一和会会長宅トラック特攻事件、伊丹十三襲撃事件などで逮捕された後藤組幹部もまた、武力を行使し続けることで、武闘派組織としての後藤組の評価を決定づけた人物といえるだろう。
そんな後藤組を率いたのが、2月8日に逝去した後藤忠政・元後藤組組長であった。