【壮絶回想】塀の中での年越しと、そこで掴んだ小説家への道


刑務所は「社会の縮図」などではない。夜9時の消灯、むさ苦しい男たち、そして一食のパンが何よりの価値を持つ別世界だ。徹底して権力への迎合を拒み、独居房で隔離されながらも己を貫き通した作家・沖田臥竜。20年前の大晦日、紅白歌合戦が流れる舎房で、霜焼けの手を動かし続けたのはなぜか。人生の名誉挽回を懸け、極寒の中でペンを握り「小説家」という未来を切り拓いた過去を回想する。
UL編集部 2026.02.26
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 刑務所を社会の縮図といった人間たちがいたが、私に言わせれば、なんのなんのである。どこの世界に夜9時に就寝しなければならないルールがあると言うのだ。それだけではない。周囲の全員がむさ苦しい男ばかりで、かつ犯罪者なのである。


 そんな環境が社会にあるか。はっきりと断言しておこう。刑務所とシャバと呼ばれる社会は、全くの別世界である。そして同じ矯正施設といっても、刑務所によって細かなルールや食事の善し悪しなど受刑者が暮らしていく上で、違いがあるのだ。


 例えば、大阪刑務所は、パン工場があるため朝食がパンとなり、務めやすいとか、神戸刑務所の筑前煮は箸が立つほど昔は具沢山だったとか、東北管区は暖房が入るため、冬が過ごしやすいが、逆に暖房が入らないのに寒いだけの地域の刑務所は、冬が遭難しそうになるほど辛いとか、それぞれの刑務所がさまざまな特徴を持っている。


 ただし、共通することもある。それは年越しである。どの刑務所も拘置所でさえ、12月31日の大晦日だけは、夜の12時まで起きていることが許されるのだ。逆に言えば、残りの364日は午後9時になると、就寝しなければならないのである。


 寝ていれば悪いことをしないだろうという官側の粋な計らいならば、黙らっしゃい。

 朝の6時に起床したとしよう。9時間だぞ。そんな毎日、毎日、寝てばかりいれば、バカになってしまうではないか。


 それが大晦日だけは特別なのだ。年越しの12時まで起きていることが出来るのだ。どの受刑者もその日を待ちわびて過ごしている。それは夜更かし出来るからだけではない。


 正月休みには、獄の身でありながら、腹を満たすことが出来るからだ。すごくないか。腹いっぱいになることを来る日も来る日も、来なくなる日まで、待ちわびているのだ。どう考えても、そんな環境を社会の縮図とは言わないだろう……。

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