絆會・織田絆誠会長襲撃の実行犯逮捕の衝撃―映画『悲しきヒットマン』の系譜に連なる男たちの因果

2017年に発生した任俠山口組の織田絆誠会長襲撃事件は、その後の山口組分裂問題の潮流に大きな影響を与えた。そして先日、この襲撃事件の実行犯が逮捕されるに至ったが、その背景には、初代と二代目の間で引き裂かれた所属組織「一勢会」の歪み、そして名作『悲しきヒットマン』の系譜に連なる男たちの哀しき「血の因果」も深く関係していたのだ。
UL編集部 2026.06.29
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織田会長襲撃事件直後の現場の様子(2017年9月12日)

織田会長襲撃事件直後の現場の様子(2017年9月12日)

メディアの前で繰り広げられた罵倒劇

 神戸山口組から離脱し、新組織「任俠山口組(のちの絆會)」を立ち上げた織田絆誠会長らは、発足と同時にメディア関係者を集め、2度にわたる記者会見を開いた。その席で同組幹部らが口にしたのは、神戸山口組、とりわけ井上邦雄組長に対する罵倒に近い激しい批判の数々であった。

 その席に新団体のトップとなった織田会長は出席は出席していなかった。しかし誰の目から見ても、それが織田会長の意思によるものということは明白であった。

 当時、任俠山口組の本部長を務めていた四代目真鍋組(のちに解散)の池田幸治組長(のちに引退)は、2度目の会見の終了間際、「神戸山口組から反論があれば、3度目の会見を開く準備がある」と言い残して席を立った。しかし、その後、彼らが3度目の会見を開くことは二度となかった。なぜならば、織田会長を襲う銃弾が鳴り響いたからだった。

 それは2回目の記者会見から約1カ月のことであった。そして、織田会長襲撃事件から5日後となる2017年9月17日。織田会長を襲撃し、ボディーガードを射殺した黒木こと菱川龍己組員の運転免許証と拳銃2丁が入った鞄が神戸市北区で発見され、その痕跡だけ残し、菱川組員は長きにわたり姿を消したのであった。 

 そうした中、業界内で囁かれたのが、菱川組員の死亡説である。

 だが菱川組員が今年6月23日に逮捕されたことで、それが単なる噂に過ぎなかったことが証明されることになったのだった。

 菱川組員は、18年間の逃亡生活の末に2025年に逮捕された、映画『悲しきヒットマン』のモデルにもなったと言われる神戸山口組系幹部・勢昇会長の系譜に連なる人物であった。その系譜は文字通り哀しいまでに、抗争史の中で受け継がれてしまったのかもしれない。

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