文春に刺され、芸能界を去ったあの男の本当の素性は誰も知らない
交友があった頃の著者と木下ほうか(右)
今となれば本当に庇ってやるんじゃなかった。
「週刊文春」が木下ほうかの女性トラブルを報じたとき、文春の記者から木下ほうかの件で私に連絡があった。 もう庇ってやる義理も筋合いもないので誰に遠慮することもなく話すが、なぜ私に連絡があったかと言うと、木下ほうかに頼まれて、ショートドラマの監督と脚本を務めたからだ。
それがYahoo!ニュースになるやいなや文春の知り合いの記者から、私に連絡があったのである。 そこでも私は旧知の記者に「答えられない」と断り、それで不仲になった人間関係もある。何だったら、文春が木下ほうかの記事を報じる数日前に、ある媒体が木下ほうかの女性問題を報じたのだ。文春からの質問状などから、ほうか自身も文春の足音がそこまで来ていることを知っていた。
「これ、消してもらえるように話してくださいよ!」
電話の向こうで、ほうかは厚かましい声を出していた。なんなら無関係な私に少し怒ったような口調であった。
ーなんだコイツー
と内心で思いながら、面識があったその媒体に連絡を入れて平に平に頭を下げて、こういってもらうことに成功したのだ。
「本当に沖田さんがそこまでお願いするからの特別対応ですからね!くれぐれもそのことだけは、木下ほうかに伝えておいてくださいね!」
だが、ほうかの芸能人特有の「自分は特別な人間だ」という意識はまだ抜けきっていなかった。
言っておきたいことがある。当時の木下ほうかに限ったことではない。芸能人であれ、著名人であれ、特別な人間なんて私に言わせればいない。
特に有名人なんて、スキャンダルなんか出てみろ。一寸先は闇ではないのか。刺されてから慌てるくらいなら、日頃から傲慢な態度をとらなければ良いのだ。それを勘違いするから、スキャンダルに晒された時にネット民の餌食となるのではないか。
話を戻そう。実際に記事をおろしてもらっても、ほうかは、感謝ひとつしなかった。
ほうかにお願いされ、私がほとんどの俳優部を集めて監督・脚本をやることになったショートドラマは未完に終わった。
撮影場所も制作費もほぼ私の持ち出しで、ギャラなんてものは1円ももらっていない。 脚本だって書き下ろしである。自ら俳優部の送迎もやり、他のドライバーも私が全て手配した。
そして撮影期間は当時、私が借りていた別宅にほうかを泊めていたのである。
その際も我が物顔で、他の俳優部に対して、立ち振る舞っていた。 それだけならばまだ良い。私が見る目がなかっただけだ。でもだ。ほうかが芸能活動の休止に追い込まれ、結果、出資を募って作った自費制作の映画のことでトラブルとなり、ある社長から「芸能活動をしているなら、出資した500万を返金しろ」といった旨の内容証明が届き、芸能活動をしていないとするために、未完のショートドラマを削除することになったのだ。
ほうかに頼まれて撮影したショートドラマである。もう一度、言うが、キャスティングもロケ地も制作費もほとんど私である。500万を返金するのを免れるために、私が苦労して作った未完の作品は、闇の中へと葬られていった。それを最後に、こちらからの電話も出なくなるバカがどこにいるのだ。だからこんなことを書かれるのである。
文春に女性問題で記事にされ、都内で身を隠していた場所に鹿児島県警が踏み込んだ。ほうかの友人であるその場所の主(あるじ)に捜査のメスが入ったのだ。容疑は新型コロナウイルスの影響で売り上げが減った個人事業者を装い、持続化給付金を騙しとったというもの。
鹿児島県警が踏み込んだ時、当然ほうかもそこにいた。部屋の片隅で震えていたのである。 ここからほうかの人間性を疑うような話を書いていこう。 ほうかに対する私からの鎮魂歌である。
あれは今から4年前のまだ寒さが残る3月のことであった。私のLINE電話が鳴った。俳優・木下ほうかからであった。