山口組「事始め式」7年ぶりの復活―なぜ舞台は静岡・清水一家だったのか?

10年の抗争に終止符を打ち、六代目山口組が7年ぶりに事始め式を開催。その舞台は初の静岡。伝統ある清水一家を背景に、山口組の再始動を印象づける異例の展開となった――。
UL編集部 2025.12.19
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SNSで拡散された六代目山口組の事始め式の模様。(中央が司忍組長。

SNSで拡散された六代目山口組の事始め式の模様。(中央が司忍組長。

 全国ネットでフジテレビ系列が報じるほど、今年の六代目山口組の事始め式には、例年よりも多数のマスメディアが詰めかけ、複数のメディアが取り上げたことで、SNSでも話題となっていた。

 六代目山口組が事始め式を開催するのは、7年ぶりとなる。この間は抗争状態にあったことから、通常事始め式が執り行われる12月13日には納会が執り行われていたのだ。だが10年にわたった分裂抗争に六代目山口組が終止符を打ったことから、今年は事始め式に戻ったのだ。

 六代目山口組発足以来、長きにわたり若頭を務めていたのは髙山清司相談役だったのだが、分裂抗争を終結させると名誉職となる相談役に就任。若頭の地位は竹内照明若頭へと引き継がれ、新体制になってから初めての開催となったのである。

 マスメディアが例年以上に事始め式へと詰めかけたのには、そうした背景もあっただろう。だがフジテレビ系列の地元メディアがそれを報じたのには、他の理由もあったかもしれない。なぜならば、日本最大ヤクザ組織である六代目山口組が静岡県内で事始め式を開催させたのは、初めてのことだったからだ。

 そして普段、余程のことがない限りヤクザネタを報じないマスメディアの記者たちは、六代目清水一家本部前へとやってきて、圧倒されることになったのだった。それもそのはずである。清水一家とは、幕末の侠客として知られる「清水の次郎長」が創設させた伝統ある組織だからだ。

 そして当代となる六代目山口組舎弟・高木康男総長は、五代目山口組時代に渡辺芳則組長自らが命名した組織「五菱会(ごりょうかい)」を率いていた人物であり、六代目山口組においても最高幹部である若頭補佐を務めた経歴を持つ。

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