「山健にあらずんば山口にあらず」から崩壊へ…神戸山口組・井上邦雄組長を待ち受けていた「最大の誤算」

神戸山口組との特定抗争指定が延長されたことで、現在も使用を禁じられている山口組総本部です。
まだ有期刑の最長が20年だった2005年頃までは、ヤクザの抗争事件で対立する組員を射殺しても、懲役15年もしくは懲役16年くらいが相場だったと言われていた。そのため若い組員が組織のためにジギリ(※懲役覚悟で身体を張ること)をかけるケースも少なくなかった。若ければ若いほど、長期の服役であっても受刑後に社会復帰を果たし、再びヤクザ社会で活躍できたからだ。
しかし刑法改正により有期刑の最長が30年になってからは、ヤクザ同士の抗争事件であったとしても、敵対する組員を射殺すれば、無期懲役、もしくは懲役30年の判決が当たり前になってしまった。
そのため、再び社会に戻ってくることすらも、極めて困難になってしまっている。
そのような状態から、若い組員が将来を夢見てヒットマンとなるよりも、最後の散り場所を求めるかのように、ヒットマンの高齢化が目立つようになったと言われている。
量刑の厳罰化において、それをまざまざと見せつけたのが、六代目山口組の分裂により発足した神戸山口組の誕生だったと言えるだろう。
六代目山口組と対立関係にあるとされていた池田組、絆會が特定抗争指定暴力団の指定を順次、解除されていく中で、10月6日に特定抗争指定暴力団の期限が差し迫った神戸山口組だけは、「対立抗争が終了したとは認められない」と判断され、再び3カ月の期限が延長されることになった。
六代目山口組が抗争終結宣言を兵庫県警に提出してから、池田組、絆會だけでなく、神戸山口組との間にも抗争事件は起きていない。
ではなぜ、神戸山口組に対してだけは、「対立抗争が終了したと認められない」と当局が判断したのか。それは神戸山口組の誕生によって、分裂抗争が起こった事実に関係していると言えるだろう。
神戸山口組が発足されていなければ、当然、分裂騒動は起きていない。六代目山口組とは国内最大のヤクザ組織だ。
そのため、六代目山口組の分裂は、山口組内部だけでなく、他団体にまで影響を及ぼし混乱を招くことになった。
そうした経緯から、他団体連名で六代目山口組に対して、神戸山口組や神戸山口組から離脱した組織に対する攻撃をやめて、抗争の終結を要請したのである。
沈黙する神戸山口組
それに対して六代目山口組は、その要請を承諾し、抗争終結宣言を兵庫県警に提出することになったのだ。
一方で神戸山口組はそうした動きを見せることはなかった。
それは、既に抗争と呼べるものではなく、六代目山口組が一方的に離脱した組織に対して、武力を行使し続けていただけだからだ。
それを証明するかのように、六代目山口組が抗争終結宣言を出してからは、抗争事件と呼ばれる事件は一度も起きていない。
六代目山口組にとっては、この10月で全ての特定抗争指定が解除され、悲願とも言える山口組総本部の奪還となるかと思われていたのだが、一方の神戸山口組はどうだったのだろうか。
もしかすると六代目山口組とは違い、特定抗争指定が延長されてもそこまでダメージのようなものは受けていないのではないか。
反対に特定抗争指定に指定されていた方が、当局によって安全が保たれる側面があると考えている可能性もなくはないのではないだろうか。
そうでなければ、神戸山口組も抗争終結宣言を提出し、1日でも早い特定抗争指定の解除に向けた動きを見せるのではないか。
振り返ってみれば、神戸山口組の誕生とは一体、誰のための何だったのだろうか。