【検証】事件性なしと判断された「木原事件」を報じ続けることに公益性はあるのか?

獄中から愛を捧げる手紙。「オレがシャバに戻れば必ず幸せにしてやる」「オレがシャバに帰れば絶対に守ってやる」――。そうした趣旨の文面を客観的に見つめた時、「どうやって?」と誰しもが素朴な疑問を抱くのではないだろうか。
面会や差し入れの約束が滞れば、中で受刑生活を送る人間が「なめやがって!」と憤るケースは少なくない。
だが実際、刑務所を出たところで、そう易々と愛する女性を幸せにできるだろうか。 五体満足で社会生活を送っていても容易ではないのだから、なおさらだ。
出所者にとって最優先されるべきは、本人の社会復帰である。よく勘違いされがちだが、刑務所から出所すること自体は社会復帰ではない。 定職に就いて働き、生活の基盤を安定させて初めて「社会復帰」と呼べるのだ。大金持ちでもない限り、出所直後はゼロからのスタートとなる。
獄中から愛を綴った手紙一本で、長い歳月を待たせようとするのは、あまりにも心許ないのではないか。
それゆえに獄中離婚や三行半を突きつけられ、別れを告げられるケースも、刑務所という場所が突きつける辛さと言えるだろう。
伝説の記者が体現したジャーナリズムの気骨
誰が悪いかという話ではない。社会的に考えて、獄に繋がれてしまった人間が悪いのは明白だ。
感情論としての憤りは理解できる側面もある。しかし社会で待っている側にもそれぞれの生活がある。それが女性ならば、何ら保証も根拠もない「幸せにする」という言葉だけで待ち続けるよりも、新たな幸せを求めるのは当然と言えるはずだ。
例えば、それが恋愛感情ではなく、社会に残った犯人の「身代わり」として服役しているのであれば、その憤怒も理解できる。庇っていなければ、自分が刑務所生活を余儀なくされていたからだ。
そうした感情のもつれによって、事件が明るみに出て捜査が進展したケースも過去に存在する。 それも月刊誌の報道がきっかけだった。これだけ紙媒体が衰退した現在では、到底考えられないことだ。
当時、1人の記者の情熱によって捜査当局が動き出し、社会で暮らしていた共犯者が逮捕されるに至った。
すべては死刑囚から『新潮45』編集部に届けられた一通の手紙から始まった。
山田孝之主演で映画化もされ話題を呼んだノンフィクション『凶悪―ある死刑囚の告発―』である。今の40代前半の記者たちの多くは、映画のモデルになったその記者に憧れて新潮社の門を叩いたという。
それほど気骨のある人物であり、ジャーナリズムを体現した人物だった今もなお、伝説の記者として新潮社の媒体で編集長を務め、最前線でペンを武器に戦い続けている。
そこに比較するわけではないが、再捜査の末「事件性なし」と判断された事案を、当時刑務所に服役中だった人物まで引っ張り出して蒸し返すことに果たして公益性が存在するのだろうか。 問題にしているのは「文京区変死事案」である。
当取材チームが独自のルートで、「週刊文春」が記事化するより4年前に取材していた事案だ。
この事案は、文春の記事により再び捜査が行われた結果、「事件性なし」と判断された。だからこそ、偏った正義感を振りかざし、これ以上いたずらに騒ぎ立てるべきではないのではないか。
なぜなら、答えは明白だからだ。再捜査の末に「事件性なし」と結論づけられたのである。同誌の記事によって警察が再捜査に乗り出した――その点においてのみ、文春の功績は偉大なものとして評価されるべきだろう。 記事によって再捜査へと繋がり、シロクロの判断を下す局面まで辿り着いて世論を動かしたからだ。
だが、評価されるのはそこまでではないか。
ここであらためて、当時、当取材チームが独自ルートを駆使して入手した概要から順を追って述べていこう。なお、のちの取材で一部異なる箇所があったことをあらかじめお断りしておきたい)
少なくとも我々編集部は、文春が大々的に報じる4年前の時点で取材に着手していた。そ して多角的な検証の末、「事件性なし」という判断に至ることを予見していたのだった。