神戸連続発砲事件の源泉と、「ボンノ」こと菅谷政雄組長へと至る山口組抗争史との「点と線」【伝説のヤクザ・亀谷容疑者の軌跡⑥】

2026年9月30日、神戸の事件現場
今も語り継がれし伝説のヤクザが存在する。
組長、親分と呼ばれるよりも、「ボス」と呼ばれることを好んだ元三代目菅谷組・菅谷政雄組長。通称・ボンノ。菅谷組長はヤクザ業界の歴史において、一世を風靡した人物である。
関係者の話によれば、亀谷直人容疑者の渡世入りとなるのは、ボンノの親分率いる菅谷組であった。菅谷組は、後に名を馳せることになる多くの親分を輩出している。初代佐藤組組長・佐藤邦彦組長もその1人であった。
ただ、亀谷容疑者は菅谷組解散後、そのまま佐藤組に加入したわけではない。いったんは加茂田重政組長率いる加茂田組へと移籍し、同組で最高幹部を務めている。その加茂田組も四代目山口組の跡目争いにより山口組を離脱。新たに結成された一和会に参画し、激しい抗争の末に解散することになった。 そのため、亀谷容疑者は菅谷組時代に縁のあった初代佐藤組へと移籍し、副組長を務めることになったのだった。そして佐藤組の二代目襲名レースに敗れた亀谷容疑者は、二代目体制で名誉職となる「相談役」を務めることになったのだった。
そして三代目山健組・桑田兼吉組長の保釈工作を巡り、2002年11月25日に発生した八重洲富士屋ホテル前発砲事件を起こし、懲役20年の刑に服すことになるのだが、その際、亀谷容疑者は犯行に使用した拳銃の入手ルートなど一切、自供するようなことをしていない。亀谷容疑者は自身が逮捕されたことで、他の関係者に累(るい)が及ぶような供述を一切していないのだ。それは亀谷容疑者のヤクザとしての美学かもしれない。
二代目佐藤組で亀谷容疑者と同じく最高幹部を務めていた、作家やジャーナリストとして活躍している猫組長は亀谷容疑者の人物像について、「命乞いしさに、保身に走るような人物ではない」と評している。
検察官の無期懲役の論告求刑に対しても「死刑にしてくれてかまわへん」と法廷で口にした亀谷容疑者にとって、ヤクザの隠語として使用される「チンコロ(密告)」、「ウタう」といった行為をするということは、自身の命を捨てること以上に重い罪であり、屈辱なのではないだろうか。
厳罰化された拳銃の闇ルートと「信用」の重み
亀谷容疑者を知る関係者らは、そうしたこれまでの経緯からも、亀谷容疑者ならば簡単に拳銃を入手することができただろうと話している。
なぜならば、仮に亀谷容疑者が逮捕されたとしても、拳銃の入手ルートなどを自供するとは考えられないからだ。
現行法において、拳銃を一丁でも実弾付きで所持していれば、6年〜8年の懲役を言い渡されるのが妥当となるだろう。
壮絶を極め、後にヤクザ史上最大の抗争事件と言われる山口組vs一和会。通称・山一抗争以前までは、拳銃一丁の所持に対して、1年半前後の判決が妥当であった。しかしそこから抗争事件を重ねるたびに、銃刀法の罰則が強化されていき、それに対する入手ルートも徹底して捜査されていくことになった。
それは、殺人事件並みの捜査が何年もかけて続けられる、ということである。
抗争事件が起こるたびに、裏社会の武器屋で売買される拳銃の値段は高騰すると言われている。 それは正解でもあり、そもそも闇ルートで流通する価格そのものの問題ではないとも関係者は口にする。
つまりは、売れる相手かどうかを拳銃を扱う武器商人たちは考えるというのだ。
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